オリオンの砲撃手
-orion's gunner-


第二章 NOBLESS OBLIGE ノーブリス・オブリージュ


-2-

 新宿歌舞伎町付近で、チャイニーズマフィアが発砲したという通報が
警察に入ったのは隕石衝突のニュースのちょうど半日後だった。
 強化プラスチックの盾を持った機動隊が現場に急行したとき、そこで
彼らは恐ろしい光景を目にすることとなった。

 現場を目撃していた付近の住人によるとこうだ。
 弾がなくなったのでマフィアが弾を込めようとした瞬間、通りすがりの
日本人がそこらに転がってた鉄パイプで思いっきり殴りつけた。
 あとはもう集団リンチ、なんて生易しいものじゃなかったようだ。
 血まみれになって倒れているチャイニーズマフィア。
 
「かろうじて息だけはしてますね」
「一応、救急車呼ぶ?」
「国際問題になったらアレですからね、呼んどきますか」
 機動隊員たちは血まみれのチャイニーズマフィアを生暖かい目で見守る
ことにしたのだった。

--- ---

 正直なところそんな事件は東京の各所で起こっていた。
 幸か不幸かかろうじて死人だけは出てないものの、いつ死人が出ても
おかしくない、なんでかなりおかしなことを警察が行うことになる。
 某市民団体の警護、某宗教団体の警備、某反政府組織を保護…
 いくらなんでも、殺されてはたまったもんじゃないということか。
 
「それにしたってよ」
 某反政府組織の保護に向かう警官の一人、遠藤は半ば呆れたように
つぶやくのだった。
「なんで警察がだいっきらいな皆さんを俺たちが守りに行くんだろ」
「そういうなって。あんな人らでも市民か国民か知らないけど、まぁ
 この国に住んでる人らなんだから、殺し合いとかやめさせないと」
「しっかしいくらなんでも殺し合いなんかになるのか?」
 まだ半信半疑で車の中から周囲を見回す遠藤。一見外は実に平和に
見えるのだが、実のところそんなに平和でもなかった。

「あ、UFO」
 加納が指差したほうを遠藤が見ると、確かに円盤のようなものが飛んで
いるのがわかった。ただその円盤、しばらく飛んで、落ちて割れた。
「皿じゃん」
 そんなとき、怒号が聞こえてきた。
 
「もうこんなところにいるの、やってられないわ!彼のとこ行くから!」
「勝手にしろ!俺だってあいつのところ行くからな!」
「なんですってぇ!あなた自分が何言ってるかわかってるの!?」
「ああわかってるともさ。お前とおんなじことし・て・る・だ・け!」
「ふざけんじゃないわよ!」

 空飛ぶ包丁。そして…パトカーに激突する包丁。激しい衝突音。
「…あっちゃぁ…パトランプ壊しやがって…ふざけんな!」
「落ち着けよ遠藤。でもま、公務執行妨害と器物破損の現行犯だな」
「どうするよ」
「こうするのさ、行くぞ」

 そういうと加納、ニューナンブを構えて夫婦喧嘩の真っ只中に突撃していく。
 遠藤もニューナンブ構えて後からついていく。
 
「警察だ!公務執行妨害と器物破損で逮捕だ!」
「あ?」
「え?」
 大喧嘩していた二人、ニューナンブを目の前に戦慄する。
「おまわりさん何言ってるんですか、僕ら喧嘩してただけで…」
「ざけんな。あんたらのせいでパトランプ破損したんだ。ただで済むと
思うなよ。とりあえず、しばらく静かにしてもらおうか」
 そういうと加納は手錠を取り出した。
「ちょっと、いきなり逮捕ですか!?」
「現行犯何だから当たり前だろ、…と思ったけどまぁこれでいいか」

…加納と遠藤が去った後、件の夫婦、ある意味仲良く手錠でつながれて
放置プレイと相成った。

「……」
「……」
「…なぁ…」
「…何?」
「…俺、悪かったよ…」
「あたしも悪かったかも…」
「ていうか手錠放置かよおまわり…」
「おまわりさーん!反省してるから手錠はずしてー!」
 二人の声がむなしく響いた。
 
--- ---

 やっとのことで反政府団体の所にたどり着いた二人、先ほどより
さらに恐ろしいものを目にすることとなった。
「おいこら反政府テロリストども!とっとと出てこいや!」
 そういってものすごい勢いで若者ががつんがつんドアを蹴っている。
 その後ろには30人以上の若者がいる。
「あんまりニッポン舐めてんじゃねぇぞ!」
「どーせみんな死ぬなら死ぬ前に世の中ちょっと掃除しとこうぜ!」

「…どっちが反政府テロリストだかわからんな」
「はいはい愛国者のみなさーん、国家権力がやってまいりましたよー
「え?まさかあいつら通報しやがったのか!こんな時だけ国家権力
 頼るとはなさけねぇ連中だぜ」
 そんな感じで若者たちは高笑いしていたが、遠藤の手を見て笑うのを
止めた。…ニューナンブ手に持ったままだったからだ。
「え、ちょっとおまわりさん…」
「黙ってろ」

 加納が普通にドアをノックする。
「すいませーん、こちら全世界同時革命機構さんですよねー?」
「ひ、ひぃ…」
 おびえた声しか返ってこない。おそらく中でガクガク震えているのだろう。

「かわいそうに…殺されると思ってたんだな」
「…状況によっちゃありえたかもしれませんからねぇ…」
 加納と遠藤、若者たちを一瞥すると、もう一回やさしく声をかけた。
「あー我々、あなた方の保護にやってまいりました」
「え?」
「ハァ?」
「ちょっと警察頭おかしいんじゃないの?こいつらテロリストみたいなもんだろ」
「…だからって殺していいなんて法があるのか?」
 また遠藤がニューナンブちらつかせる。
「だからってよ」

「…あ、あの、本当ですか」
 中からおびえきった声がする。
「昨日の隕石のニュースの後、都内のあちこちでこういう暴動起こってて
 そんでしばらく落ち着くまで保護できる人は保護しようって話になってる
 わけなんですよ、ええ」
 
 ドアの鍵が開く。中年男性二人が、憔悴しきった顔を覗かせる。
「というわけで、我々が責任もって保護しますので」
「…死なれちゃかなわないので」
「ひっ!」
 しかし過激派の人たち、急にドアを閉める。
 
「あのーもしもし?」
「銃!銃!やっぱり殺す気だろ!」
「あ、しまった、忘れてた」
 そういうと遠藤、ようやく銃をホルスターに戻した。
「えんどー」
 加納は呆れたように遠藤を見て、仕方なく説得を再開するのだった。

--- ---

 さてその頃、石原は…まだ電話機の前に座っていた。
 警官が部屋に戻しに来ることもない。むしろ戻してくれたらゆっくり
寝れるってモンだと一瞬思ったが、よく考えると本当はそれやるのも
ダメなわけで、あんまり状況は変わらないのかもしれない。

 …警察忙しいのか誰も来ない。まぁ鍵かかってるから脱走も無理だが。
 閑だ。イタ電してやろうかと一瞬思ったが、かける先が思いつかない。
 
 武宮は相変わらず電話をかけてこない。
 …まさかどこかの国が動いたのだろうか。
 それにしても閑だ。電話をかけるにしても番号がわからない。
 104にかけて調べてもらって、出前とるか?
 …ろくでもない考えしか浮かばない。
 
 仕方ないだろう。今なんだかんだで日本、いや世界中の人間が似たような
状況にあるのかもしれない。大体隕石降ってきてかなり確実に死ぬなんて
ときにまともな考えが浮かぶ奴がいたら、そちらの方が頭がおかしいのだ。
 
 …もっとも石原だけは大分前からそんな状況にあったといえるのかもしれない。
 と考えると、ずっと頭おかしかったのは自分の方か、彼は軽く自嘲した。
 
--- ---

 その頃武宮は防衛省の会議室にいた。
 議題は隕石についてだ。無論、現時点での自衛隊の戦力では隕石を
どうこうすることはできないのである。しかし、どうこうするための
「戦力」を持とうとするなら、財務省、野党、市民団体、与党もか、
あと近隣諸国、それ煽るマスコミ…これだけ説得しないといけない。

「というよりだな、これ、自衛隊の仕事なのか?」
 制服組の一人が、半ば呆れたようにぼやく。
「しかしですね、国家の安全保障という意味では、やはりこれは我々の
 仕事であるのではないですか?」
 若い幕僚が語気を強めて発言する。
「だが隕石迎撃するミサイルなんて我々持ってないぞ」
「大体そんなのいくらかかるんだよ」
「近隣諸国が何言うかわかったもんじゃないぞ」
「隕石迎撃のために搭載する弾頭、当然核だろ?そんなもん、通るか!」

 …あー、だりぃ。
 武宮は軽くそう思った。大体隕石相手に自衛隊が出来る仕事など「ない」
のではないか。だったらこんな会議やるだけ税金の無駄じゃないか。
「あのー、そういうのJAXAの仕事じゃないですかね、むしろ」
 そう切り出す武宮。だが意外な答えが返ってきた。
「そのJAXAが自衛隊に協力求めてきたんだよ」
「え?マジ?」
「マジもくそもあるか。しかし自衛隊には当然、核に関するノウハウないし。
 まして水爆など我々の管轄外だよと。JAXAには常識ないのか」
「あと都知事がなんかいってきたんですけどね、核の準備まだかーって。
 まだもくそも、そんなの通るわけないじゃないですか」

 もうみんなむちゃくちゃだ、武宮は思った。
 まさにこりゃ混乱の極みだ。そうしている間にも隕石は地球に向かっている
というのに。…家に帰って隕石モノ映画でも観たほうが役に立つかもしれない。

--- ---

 本来、地球規模の災害に対して何かが出来る能力のある国家や組織というのは
ものすごく限定されている。
 具体的に言うとまずはアメリカとか、USAとか、合衆国とかそのあたりである。
 
 ではあるのだが、今回の件に関してはアメリカですら少々問題があった。
 月軌道の向こう側に大質量を投入するためのロケット、マルスはまだ開発
の途中であった。無論、開発さえすめばサターン5型に匹敵する大質量を
月軌道どころか火星にすら投入できる。

 ところが現在アメリカにはそこまでの大型ロケットが「ない」のだ。
 従って、いくら強力な核を持っていようが届かないということになり、
逆に隕石の方がご丁寧に地球に接近したときには確かに届かせることも
可能ではあるが、隕石の軌道を変えるためには恐ろしい量の核を地球近辺で
炸裂させる必要がある。

 現在十分なペイロードを持つロケットはアメリカには存在しない。
 デルタシリーズではいくらなんでも役不足だ。そのためのマルスである。
 最大のペイロードを持つロケットを有するのは、フランスである。
 日本やロシア、中国も優秀なロケットは持っているが、アリアンのペイロード
には匹敵するといえない。
 
 言うまでもなく日本は論外である。もし種子島から水爆打ち上げるなんて
ことしようものなら近隣諸国とマスコミと市民団体が発狂死するかもしれない。
 いや、その連中が発狂死しようが何も問題はないが、一般の日本人ですら
核アレルギーはものすごいと聞く。そのくせ原子力発電はやってるんだから
まったく何をいわんやである。

 となるとである…フランスにやらせるのか。
 それもアメリカという国家の威信の問題が生じることとなる。
 フランスにそれを遂行する能力がないわけではない。メガトン級水爆一個なら
フランスは用意できるだろうし、そしてそれを搭載するアリアンも用意できる。
 さらに人類は小惑星に観測機をぶつけたり着陸させたりするノウハウも今や
持っている。1960年代に計画されていたイカロス計画をはるかに上回る正確さで
水爆による軌道修正が可能なのである。

 超遠距離の軌道修正のメリットは、近くに来たときに比べて少しの力で十分で
あるということである。ほんの少し軌道修正成功させれば、それだけで地球人類は
救われる。何の問題もない。唯一の問題はアメリカという国家の威信とやらだ。

 合衆国安全保障機構のピーター・ダービーは国家の威信を捨てても、人類を
救うことを決意しようとしていた。そんなとき、電話が鳴った。
「私だ」
「…大統領!?」
「例の、小惑星の件だが…」
「実はそのことについて、お話したいことがあります」
 ピーターはこう切り出し、「フランスに水爆を打ち上げさせる」プランに
ついて説明した。大統領はただ黙ってそれを聞いていた。

「…ということなのですが、どう話を持っていけばよいと思われますか」
「…それは私より君の方がわかっていそうだが」
「…国連安保理…」
「形骸化しているという批判もあるが、国連は『利用できる』機関だ。そうは
 思わないかね、ピーター」
「しかし、ロシアや中国は反対しませんかね」
「…反対さえしなければ問題ないと思う。後でロシア大統領と中国国家主席に
『反対はしないでくれ』という方向で話を持っていこうと思う」
「棄権してもらう、と」
「それしか選択肢はないんじゃないか?…無論、アメリカも、だ」
 大統領の声は沈んでいた。
 
「…我々の選択は正しいのでしょうか」
「少なくとも、間違ってはいないな」
 それだけいうと、合衆国大統領は電話を切った。
 電話を置いた後、しばらくの間ピーターは目の前に手を組んで、そのままの
状態でしばらく沈黙していることしか出来なかった。

top

comment(2)

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!